人工呼吸器の装着で聞き取りにくい発話を通訳人の通訳で補った申述は公正証書遺言の方式に違反しない


at home TIME 2018/8月号掲載分より

人工呼吸器の装着で聞き取りにくい発話を通訳人の通訳で補った申述は公正証書遺言の方式に違反しない

弁護士 高津 公子

【ご相談】
 「遺言の公正証書は本人が公証人に口頭で遺言の内容を伝えて書面にしてもらうそうですが、病気等で言葉を話せない人はどうするのですか?」

◎通訳により申述し、または自書して口授に代える

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 以前は、口授ができないと遺言公正証書は作成できませんでした。そこで国は平成11年に民法第969条の2「口のきけない者が公正証書で遺言をするには遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述しまたは自書して口授に代える」という条文を増設しました。最近の実例で説明します。

 A(昭和12年生)はBと婚姻し、一男二女をもうけ夫婦で会社を興して盛業。Aは平成16年頃から閉塞性肺疾患を患い平成23年4月からは入退院を繰り返し、同年11月肺腺癌が判明しました。平成24年8月、呼吸不全で入院し、10月上旬咽頭部に人工呼吸器が装着され、そのまま平成25年1月に病院で死去しました。

 Aは肺腺癌判明の頃から会社の事業や自己の資産の継承準備に着手。平成23年12月下旬には、夫婦所有の自社株式を長男に売却する契約を締結しました。翌年3月2日、自宅に公証人を招き、遺言公正証書①「長男に事業継承を託すため不動産の大半を長男に相続させる」を作成。4月、自社株式の譲渡手続を完了しました。

 同年5月以降、Aは株式譲渡に際し長男の説明が不十分であったと非難。「会社乗っ取り」と糾弾し、株式の売買契約を解除しました(その後、長男が別訴で勝訴)。

 同年8月、Aは自宅に公証人を招き遺言公正証書②「遺言①を撤回。Aの株式は三児に株数指定で相続させる。その余の財産は三児に3分の1ずつ相続させる。遺言執行者はX弁護士、祭祀継承者は長男とする」を作成しました。

 同年10月下旬、長男はAの取締役解任と自己の代表取締役就任登記を行いましたが、同年11月、Aが解任登記を知り、病院にX弁護士を呼び遺言②の変更を相談。今回は公証人がAの状態を配慮して通訳人の確保を要請しました。X弁護士の調整で長女の友人を通訳人に依頼し、同年12月11日公証人が病院に赴き、遺言公正証書③「遺言②の内、株式以外の財産について変更し長女次女の折半取得とする。その余は遺言②を維持」を作成しました。この時Aの声は前半部分は聞き取れ、後半部分は声がかすれて小さく、通訳が耳をAの口元に近づけて聞き取り、内容を公証人に伝え、公証人が自らの聞き取りと一致することを確認するという手順でした。

 A没後、姉妹は遺言③に基づき預貯金を折半取得。長男が姉妹を提訴し、遺言③当時Aは遺言能力がなかった、またAは「口のきけない者」に該当しないと遺言③の無効確認と(遺言②に基く)預貯金の3分の1の返還を請求。判決は「本件遺言はAが自らの考えを示し得る判断能力を有している状態で行われた」「969条の2は聴覚障害や老齢等のため発話が不明瞭な場合も含まれる」と長男の請求を棄却しました(東京地裁 平成27年12月25日判決控訴棄却、上告棄却、上告受理申立て不受理 判例時報2361号)。

at home TIME 2018/8月号掲載分より


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