賃借建物の通常損耗について賃借人が原状回復義務を負うための要件


最高裁 2005年12月16日判決

建物賃貸借の終了に伴い、建物の通常の使用によって生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負う旨の特約が成立していないとするとともに、賃借人が原状回復義務を負うための要件を示した事例

紛争の内容

①賃借人Xは、賃貸人である地方住宅供給公社Yと住宅の賃貸借契約を締結し、3ヶ月分の家賃相当額の敷金を差し入れた。

②契約書には、本件契約が終了して賃借住宅を明け渡すときは、契約書の別紙「修繕費負担区分表」に基づいて補修費を負担することの条項が定められており、その負担区分表において、賃借人の負担とされている範囲には、襖紙・障子紙に関する「汚損(手垢の汚れ、タバコの煤けなど生活することによる変色を含む。)・汚れ」、各種床仕上げ材・各種壁・天井等仕上げ材に関する「生活することによる変色・汚損・破損」が明記されていた。

③しかし、事前の入居説明会においてその負担区分表について具体的な説明がなされなかった。

④賃借人Xは、入居後約2年半後、本件住宅から退去することになったので、賃貸人Yはその負担区分表の定めるとおり、通常損耗の補修費を含めた補修相当額を敷金から控除して、残りを返還した。

⑤これに対して、賃借人Xは敷金全額の返還を請求した。

各当事者の言い分

【賃借人Xの言い分】
 「修繕費負担区分表」の定めは、通常損耗の分は賃借人の負担としない内容であり、もし通常損耗の分も負担させる定めであるとすれば、賃借人に不当な負担となる賃借条件を定めるものとして公序良俗に反し無効の特約である。

【賃貸人Yの言い分】
 本件賃貸借契約においては、当事者間で、賃借人が通常損耗に係る補修費を負担する内容の特約を含む「修繕費負担区分表」による旨の合意が成立しており、このような特約は契約自由の原則から認められる。

本事例の問題点

 賃借人が通常の使用をした場合に生ずる賃借建物の劣化、価値の減少である通常損耗の原状回復費用については、賃貸人が負担するのが原則と解されているが、当事者間の特約で、これを賃借人の負担とすることは有効か。
 また、有効と解するとしても、どのような内容のものであれば、その特約といえるのか。

本事例の結末

 本判決は、通常損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには、

賃借人が補修費を負担することとなる通常損耗の範囲につき、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識して、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要

としたうえで、本件では、契約書の原状回復に関する条項には、賃借人が補修費を負担することになる通常損耗の範囲が具体的には明示されておらず、その条項において引用する修繕費負担区分表の記載は、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明確であるとはいえず、賃貸人が行った入居説明会における説明でも賃借人が負担すべき範囲を明らかにする説明がなかったという事情の下では、通常損耗の原状回復費用を賃借人が負担する旨の特約が成立しているとはいえないとした。

(なお、原状回復費用の負担に関しては、消費者契約法が関係するが、本事例は消費者契約法の施行日(2001年4月1日)より前の賃貸借契約であったため、同法の適用はなく、同法との関係は取り上げられていない。)

本事例に学ぶこと

(1)通常損耗(自然損耗、経年劣化)についての原状回復費用の負担に関しては、敷金の返還をめぐり、争いが多数発生している。

 この費用を賃借人に負担させる特約がない場合には、民法の債権法の一般原則からみて、賃貸人が負担すべきことと解されている。

 しかし、この原状回復費用を賃借人の負担とする旨の特約が存在する場合、その特約が有効か否かについては見解が分かれており、裁判例においてもまちまちであった。

 一つは、仮に明確な合意があっても、民法(第90条)の公序良俗違反あるいは借地借家法の理念等を根拠として、賃借人に何ら責任原因のないものについて修繕費用を負担させる特約は無効だとする見解があり、これに対して、民法、借地借家法がこれを禁じていない以上、契約自由の原則、私的自治の原則からみて有効であるとする見解がある。

(2)本判決は、この問題について、あくまでも傍論(※)であるが、賃借人に負担させる旨の特約が有効であるための要件を明らかにした意義は大きい。
[(※)傍論…裁判の判決理由のうちで、判決に到達するために必要不可欠とはいえない部分をいう。後の別の裁判に実際上影響力を有することもあるが、先例としての拘束力はもたない。]

 従って、賃借人の負担とする方向で契約行為を行う場合は、賃借人の負担すべき範囲を具体的に明確に合意し、賃借人にそのことを明確に認識させることが必要である。

 なお、このような法的、理論的問題は別として、賃貸借終了時における原状回復問題にについては、国土交通省が2011年8月に再改訂版を策定・公表している「ガイドライン」に準拠することが望ましい。

宅地建物取引士 講習テキスト2017年(公益財団法人 不動産流通推進センター発行)より引用


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